何のお話からの “そういえば”だったかは忘れたが、
昼間の探偵社の執務室にて取り留めのないお喋りをしていた中で、
「幽霊だの怪談だのって、
日本じゃあ夏が相場だけど、欧米では冬場の方が多いんだって。」
依頼を片づけ終えて手の空いた乱歩さんが ひょいとそんな話を持ち出して。
女性陣の方が多い職場じゃあったが、
みんなして反社会勢力だの異能者だのが相手の途轍もない荒事に縁があるせいか、
ちょっとやそっとのことじゃア竦まない逸物揃い。
とはいえ、そういうものとは微妙に畑の違うお話だったせいか、
「え? 何でです?」
「〜〜〜。」
食いつきがよかった人、見るからに固まって背条を伸ばした人と、
受け取りようは結構はっきり分かれたみたいで。
そんな反応もお見通しだったろう名探偵嬢は
皆を見回しつつ “ふふん”と楽しそうに笑って話を続ける。
「ジェイソンが暴れ回る“13日の金曜日”は夏のキャンプ場のお話だから例外だけど、
冬場の方が陽の落ちるのも早いし夜も長い、何より寒いしと来て、
夜中は外に出ないっていうのが まずまず一般的な常識じゃない。
そんな静まり返った夜更けに何か起きるからスリリングさも増すってものでね。」
日本の怪談も、夜更けにうろうろすんなって戒めも含まれてるっていうし、
そこのところは同じなのかもねと付け足してから。
「日本の場合は、丁度夏場に盂蘭盆会っていう宗教的な祀りごとがあるでしょう?
亡くなった人が生家に戻って来るっていう行事だし、
陽が落ちても暑いってのへの納涼って意味合いもあるんだろう、
背条も凍るって話をする習慣が出来たようでね。」
それで 怪談噺は夏場につきものって扱いになってるんだろうけれど。
そもそも死者に季節なんてなかろうに、
夏の風物詩なんて括ってる日本の方が意外なんだよ。
ハロウィンとか、大元は悪い子へのお仕置きだったサンタの原型とか考えたら、
外つ国の人からすりゃあ、
怪談といや夏だろうって扱いをする方が不思議だって思われてるみたいだよ?と結ばれた
名探偵様からのうんちく話へ、
「そっかぁ。」
思いがけないほど盲点だった「ワタシの常識・貴方の非常識」なお話だったため、
言われてみればと、与謝野さんや国木田さんまで感心しきりというお顔を見せており。
とはいえ、今はまだ明るい昼日中、
現実味はないなぁと長閑に笑っていたところ、
「でも…冬場の幽霊って怖すぎません?」
日頃以上に背中を丸くした谷崎さんがいかにも怖がってだろう恐々と言い出して。
こちらのお姉さまも、
任務とあらば敵対組織への潜入などの危険な役回りもさらりとこなす人なれど。
そうでないときは…どちらかと言えば、
恐持てな相手からの睥睨や恫喝やには弱い方だし、
恐らくはこういう手の怖いお話も苦手なのかも。
それへと続けてナオミくんが、
「夜は長いし、凍りつくほど寒い中で、
そんな物騒な気配がひたひたと身に迫って来るなんて…っ!」
実は怖がってないだろうという具体的な言いようを並べたものだから、
「きゃ〜ん、辞めて辞めてっ。」
「冗談だよぉ、お姉ちゃまvv」
泣きそうな声を出した姉上が、制止も兼ねてかガバチョと弟くんへしがみつき、
それへと“ごめんね恐かったぁ?”なんて甘えた声で宥める辺り。
ああ、ありゃあ わざとだ わざとと、
こんなネタでもしっかとダシにして煽ってから
最愛の姉上から抱き着かれたのを喜んでる弟くんなのは まま通常運転だとして。(笑)
「……。」
もう一人、それは判りやすい“無反応”だった人物がいる。
まだまだ何かと腰が引けているはずが、
こんな不気味な話題に、なのに怯えた様子は見せぬままなものだから、
「で、意外なほど敦ちゃんが静かなんだけど。怖すぎて声も出ないとか?」
こちらも怪談は平気か、
周囲の反応の方を楽しんでいたらしい包帯まといし才媛様が、
すぐ傍からひょこりと覗き込むようにして後輩の虎の少女を窺えば。
「いえ。」
谷崎嬢と同じほど、及び腰で怖がりなはずの彼女だのに、
特に狼狽えもしないで、その代わり、
何が不思議か ちょっぴり小首をかしげるのが、
先達のお姉さま方にはちょっと意外だったのだが……
◇◇
「…って話をして。」
「ふん。」
ここ数日 昼間は随分暖かくなったが、日が落ちるとさすがにまだまだ上着が手放せぬ気温。
一応は出動なのでと、身動きの邪魔にならぬよう少し大きめのライトダウンを羽織った虎の子嬢が、
宵の相棒である漆黒の姫に何てことない話を振っている。
ポートマフィアとの合同任務ではあるが、だからと言って途轍もない案件ではないときもある。
今宵の事案もそういう代物だったようで、
二人が突入するまでもないよな事案みたいだからと遊撃参謀様から悪戯っぽく言い置かれ、
先達組が根回ししてくると先に行き、合図があるまでマテの段階。
大方、弱い者いじめしていた勘違い野郎とか、胸糞悪い手合いだったので、
鼻っ面引き回して揶揄いたくなっちゃったとかいう 気まぐれの発動なのだろう。
突出した美人さんなのでそれを見せびらかしての煽って煽って、
挙句にはらわた抉るような、
若しくは 引っ込みつかないような弱みをがっつり掴んでるんだよ、判ってる?なんて
絶望的な形勢逆転を突き付けるよな。
そういう小芝居することで十分すぎる報復をする段取りを組むこともある姉様たちだ。
手を上げられたとて、相棒の重力使い様が手もなくガードし、逆に張り倒すことだろうし、
もぉっと大掛かりな対処というか後始末こそ自分たちの出番と心得てもいるので、此処は大人しく待機中。
前衛担当の敦嬢が、そんな待機中の手すさび代わり、先のお茶請け話を持ち出したのは、
場末の寂れた情景にふと、こういう場にふさわしい代物として思い出したらしく。
聞かされたポートマフィアの禍狗姫は、
されど それこそ物騒な修羅場は山ほどくぐっておいでの身。
衣紋を黒獣に変化させ、ホラー映画も真っ青の屍製造マシンばり、
対象の組織ごと殲滅しつくす任務にあたるのもほぼ日課のような勢いだし、
今でこそ妹弟子の敦ちゃんとの初対面時、
容赦なくその御々脚を異能ですっぱり食いちぎったのは
色んな意味合いからどちら様にも忘れえぬ思い出だ。(おいおい)
それはともかく
胸元へ高々と腕を組んだ姿勢もそのまま、
それがどうかしたという顔を保っておいでのクールビューティな姉様で。
それへ、此処からが本題なのか、敦嬢がちょっとばかり視線を下げると
もごもごと口にしたのが、
「中也さんが時々、ホラーとか苦手って空気出すでしょ?」
そんな言いようで。
どうかすると敵対組織でありながら、
それでもいろいろな奇遇や接触や紆余曲折が山ほどあってのこと、
ポートマフィアの五大幹部という地位にある女性と、
それは柔らかな感情を温め合う間柄になっている虎の子ちゃん。
まだ二十二という若さながらも、十代のころから在籍していたキャリアを持ち、
モデルとして通用しそうな華麗で品のある美貌の持ち主でありながら、
重力操作という異能に加えて、類まれなる運動能力を生かした体術を繰り出し、
何なら瞬き一つの間に5,6人を肉塊にまで挽き潰せるような、
そんな冷酷な処断も辞さぬ女傑だのに、怪談系の話には絶対触れない。
時々口がすべって、ちょいと残忍な仕置きをした話をしかかることはあるけれど、
活動時間や人気のない場所という意味からいろいろかぶりそうなのに、
心霊スポットだの廃ビルに巣くう悪霊だの地縛霊だのという話は、
噂レベルの例えにだって彼女の口からは聞いたことがないそうで。
「初めのうちは、ボクが怖がろうからと避けてくれてるのかなぁって思ってた。」
でもね、と。
幼いお顔がますますと頼りなく見える上目遣いになって付け足したのが、
「携帯ゲームのずんと可愛いキョンシーものさえ、見ないようにしていたの。」
中也さん本人が苦手なら、ボクも注意して寄せないようにしなきゃって、
貰ったマスコットも外したりってしてたら、さすがに気を遣わせてんのなって笑われちゃって。
そうと続ける妹弟子の語りようこそ何とも可愛らしく、
芥川の側も 下らぬと一刀両断せぬまま和んだ眼をして聞いておれば、
「あんなお強い人が、意外なことが苦手なんだなって思ってたら、
あれって昔、死人を復活させる異能と戦ったことがあったからなんだって。」
「え?」
そこは黒夜叉姫も知らなんだか、明かされた言いようへギョッとして目を見張る。
そんな姉様へ、そうだよね驚くよねとの同意の表情を見せた敦嬢、
「内緒だよ? 特に太宰さんにはね。」
誰も周囲には居ないというに、殊更に声を潜め、
口許へ人差し指を立てて、それはそれは鹿爪らしい顔で言い足して。
「幽霊じゃあなくって実体のある格好で、
もう亡くなったはずの人を“使役”としてよみがえらせてたって。
使役と言っても ただの人形っていうんじゃなくて、生きてた頃の記憶や知識も持ってたって。」
まあその場合は物理が効いたんで何とかしのいだそうだけど、と、
その件についてはどう処断したかまで話してくださったらしく。
ただ、それを下敷きにした格好で、今の敦ちゃんがちょっと気になっていることはと言えば、
「もしかしてそうじゃなくって、
霊体とかいうのを呼べるような異能もいるかもしれないって思って。」
「…。」
記憶云々ていうのは、もしかしたら中也さんの思うところを読んでのものだったのかも知れない。
でも、だったらそういうことができる能力だってことじゃない。
「そういう異能が相手だと確かに面倒かなぁと思ったの。」
「面倒?」
うん。谷崎さんの“細雪”みたいな幻を見せるヤツとかだと相性が悪すぎるもの。
もう死んだはずの人を見せるとかいう仕掛けも込みだったら
それって人の心を読める、高位な異能ってことでしょう?
はぁあと遣る瀬なさげな吐息をこぼした虎の子ちゃんの落ち込みように、
どうとでもいなせるよう、あまり相槌も打たずにいた芥川の姉様、
そんなそんな落ち込まないでと、此処であたふたしかかって。
「だが、貴様の虎の爪には、相手の異能を消滅させられる力もあるではないか。」
手も足も出ないは言いすぎだと、真摯な声で助言したものの、
「だって、異能そのものの方は幻だったら?
物理攻撃効かないんでしょうし、
そうなったら能力者自身へ触れなきゃあ、失効は効かないよぉ。」
日頃ならあっさり“そっか”と納得するものが、
こたびは結構ああでもないこうでもないといろいろ考えあぐねていたらしく。
「死体を操る異能とかだったとしても、
それにしたって、痛さは感じないからと殴る蹴る切り裂くが効かないとなるとぉ。」
「成程な。そういう輩だとやつがれも手を焼くやもしれぬ。」
うぬうと、しまいには羅生門の姉様までもが唸ってしまい、
夜更けの場末で、見目麗しい少女らが何だかとんでもない事案にううむと悩んでしまっていて。
そしてそして、
妙な方向へ、なのにさもありなんとばかり、真摯に同意し合っている妹ちゃんたちの会話、
スピーカモードにした携帯端末を手のひらに据え、
どこの誰に取っ付けたそれか、
盗聴器からの話し声を暢気にも聴いてる、上級な別嬪二人組がいたりして。
「うわぁ、そういう方向を案じてたとは、
意外とタフネスだったんだね、敦ちゃんてば。」
単独任務なんかへは、失敗したらどうしよお、
手加減ミスったり、相手に大きな声の人がいたら怖いし心細いよぉって泣き出しちゃってたのにと。
ふふふと表情豊かな口許をほころばせて微笑んだのが、
深色の髪を背中まで伸ばした長身の知的美人なレイディなら。
「……。」
気遣われていることへは面映ゆげに感慨深げなお顔でいたものの、
傍らの相方が勝手を言い出したのへ、こやつはぁと眉を吊り上げたのが
赤い髪をシックなつば付き帽子で押さえ、
フォーマルな装いでまとめておいでの、ティラードスーツ姿の小柄な女性で。
「誰かさんのトラウマも大事にしてあげてるなんて、本当に優しいよね。」
敦ちゃんは、太宰に聞かせるとそれもまた揚げ足とるネタにしかねないと心配したらしかったが、
「私ってそんなに根性の悪い女だと思われているのねぇ。」
「間違っちゃあいねぇだろうよ。」
あら、あの話を持ち出して揶揄ったことはないのにさぁ。
あん時は あんたも結構踏みつけにされてた騒動だったから、
思い出すのが業腹だってだけじゃねぇのか?
図星だったかちらと眉が震えてちろっと素早く睨んで来た太宰だったが、
執拗には絡んでこないまま やれやれと肩をすくめてお終い。
そこへと畳みかけたのが、
「芥川もそういうネタで揶揄ってんのか。」
「まさかぁ。」
そんな色気のない話で時間の無駄遣いしたくはないよぉと、
これも本音であるらしく、長い睫毛を伏せがちにし、双眸にたたえられた光を霞ませてから、
「さあ、そろそろ連絡しよう。
証拠書類も裏帳簿も無事手に入ったことだし、
あとはこのビルごと陥没させて、放火かガス爆発があったと取り繕わなきゃあねぇ。」
誰に訊かれても困らないよということか、
死屍累々いやいやまだ死んでませんという捕縛対象が倒れ込んでるフロアを見回し、
様になるポージングで両腕を開いて左右に掲げると、
さあもう一幕演じましょうぞという所作をしてみせる。
「あんたが一気に潰したんじゃあ生存者がいなくなっちゃうから、
いかにも順番に崩れましたと見えるよう、
あの子らに部分破砕を積み重ねてもらわにゃあねぇ。」
「うっさいなぁ、アタシだってそのくらいの小細工できるっての、
あんたが横から煽るから手許が狂うんじゃないか。」
こっちもこっちで、どの辺が知的な攪乱や取引を構えていたものか。
結局は力技で、結構な人数の輩どもを薙ぎ倒したらしいお姉さま方、
携帯端末の液晶画面を操作すると、柔らかな頬へと当てて、
何食わぬ顔で“こっちは終わったから出向いて来て”と、後輩二人を呼び寄せる双黒のお二人。
倒れ伏してる顔ぶれも、何をされたやらおっかない彼女らには早く立ち去ってほしいのだろうけど、
此処へ駆けつける二人もまた、そりゃあ恐ろしい異能の主だと知って
ツイてないにもほどがあると震え上がることとなるまであと数刻……。
〜 Fine 〜 21.02.25.
*既出『さても お立合い』にて、
男の子の敦くんは心霊現象を知らなんだし、幽霊の類も怖くないとしたのですが。
女の子の敦ちゃんも育った環境は同じなのでそこも同じ。
ただ、あの頃はまだ明らかになってなかった中也さんの過去というか背景が出て来たので、
ちょっと書いてみたくなりました。
中也さんて国木田さんと同じくらいオカルト苦手みたいですね。
でも、それってあの蘭堂さんとの経緯は関係ないのかなぁ?
あれは厳密には“幽霊”じゃなかったから、別口なのかな?

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